ベンツかー。
マキエもベンツとか乗り回したいとか思ったりする?
いや……ハイオクな上、リッター10キロ以下の車なんて乗れないし……
えらく庶民的だな……
そこはちょっとぐらい夢を見ろよ……
そこはちょっとぐらい夢を見ろよ……
で、そのベンツの都市伝説ってのは?
ほら、よく事故車は幽霊が付いてるとか不幸を招くとかいろいろあるじゃん?
あれの走りみたいな話かな。
あれの走りみたいな話かな。
へぇ、面白そうね。
それじゃさっそく紹介していくよ
呪われたベンツとその被害者たち
一人目の被害者:フェルディナンド大公(オーストリア皇太子)
まず、この死神のベンツを作ったのは最初の持ち主であるオーストリア皇太子フェルディナンド大公。
フェルディナンド大公はゾフィー妃の結婚記念日パレード用に、この真っ赤な6人乗りのベンツを特注で発注したんだ。
フェルディナンド大公はゾフィー妃の結婚記念日パレード用に、この真っ赤な6人乗りのベンツを特注で発注したんだ。
ふんふん。
そしてパレードはた1914年6月28日に行われたんだけど、フェルディナンド大公とゾフィー妃はベンツにのって凱旋中にセルビア人の男性に射殺されてしまう。
一緒に乗っていた護衛のオーストリア第5師団長ポチオレック将軍が男を取り押さえたときには、もう大公夫妻は蜂の巣になって事切れていた……。
一緒に乗っていた護衛のオーストリア第5師団長ポチオレック将軍が男を取り押さえたときには、もう大公夫妻は蜂の巣になって事切れていた……。
え、何?
通り魔的な?
通り魔的な?
そこは政治的な問題かな。
この事件の犯人はガブリロ・プリンツィップというセルビア人なんだけど、オーストリアに反感を持ってるセルビア人が気に食わない外国の皇太子を殺したって感じかな。
この事件の犯人はガブリロ・プリンツィップというセルビア人なんだけど、オーストリアに反感を持ってるセルビア人が気に食わない外国の皇太子を殺したって感じかな。
ちなみに余談だけど、この事件がきっかけでオーストリアはセルビアに宣戦布告して戦争に突入。
一方、セルビアはロシアに助けを求めた事で話が大きくなって周りのフランスやイギリス、ドイツが戦争に参加。
一方、セルビアはロシアに助けを求めた事で話が大きくなって周りのフランスやイギリス、ドイツが戦争に参加。
あれ?
何か聞いたことあるかも。
何か聞いたことあるかも。
そう、これは第一次世界大戦のきっかけになった事件なんだ。
へぇー。
そして持ち主が居なくなったベンツは次の所有者へ移る
二人目の犠牲者:ポチオレック将軍
二人目の所有者はポチオレック将軍。
あれ?
何か聞いたことある名前ね。
何か聞いたことある名前ね。
いや、さっき言ってた大公夫妻の護衛についてたオーストリア第5師団の将軍だよ。
ああ……。
この一瞬で忘れるってある意味すごいな……。
カタカナの名前って苦手なのよね……。
話を戻すけど、この呪われたベンツは射殺事件の時に一緒に同乗していたポチオレック将軍に移る
普通は大公夫妻を守れなかったとかで左遷とかされんじゃないの?
何かしらの罰があったとは思うけど、戦争が始まった以上は将軍としての仕事を遂行しなきゃいけなかったんじゃない?
あー、そうかもね。
でも、この将軍は精神異常をきたして救貧院に収監されてしまうんだ。
何があった……。
実は開戦間もなくポチオレック将軍は前線で指揮をしていたんだけど3個師団を失う規模の作戦ミスが発生。
その後、まもなく将軍としての責任を感じたせいか発狂。
その後、まもなく将軍としての責任を感じたせいか発狂。
そして救貧院に収監されて、まもなく死亡してしまうんだけど、これはベンツの正式な所有者となった20日後の出来事。
ちなみに1師団の人数はだいたい10,000人から20,000人。
これが3つ分と思うと凄い大打撃ってことがわかるよね……。
これが3つ分と思うと凄い大打撃ってことがわかるよね……。
大公も守れなかったし自分の作戦ミスで3師団も失ったら気が狂って当然かもね……。
そして、このベンツは三人目の所有者に移ります。
三人目の犠牲者:スメリア大尉
そして三番目のベンツの所有者スメリア大尉という人物に移る。
このスメリア大尉って人はポチオレック将軍の参謀なんだけど車を手に入れてからわずか九日後に死んでしまう。
え、なんで?
実はこのベンツに乗ってドライブしているときに突如、車が暴走。
農家の人間を二人ひき殺した上に街路樹へ衝突して首の骨を骨折して死亡してしまったんだ。
農家の人間を二人ひき殺した上に街路樹へ衝突して首の骨を骨折して死亡してしまったんだ。
偶然とはいえここまで続くとちょっと怖いわね。
この悲劇はまだまだ続きまっす。
四人目の犠牲者:ユーゴスラヴィア州知事
次の所有者はユーゴスラヴィアの州知事。
実はこのベンツは所有者がいないまま放置されていたんだけど、第一次世界大戦が終わった後にボスニアに代わって生まれたユーゴスラヴィアの州知事が買い取ったんだ。
敵国の大公を殺した時に乗ってた車を買い取るって大丈夫なのそれ……
それは知らないけど、彼は手に入れてから四か月の間で四回の事故を起こして、四回目の事故の時には右腕を失ってしまうまでの大事故が起こったんだ。
うへぇ……。
そして、このあたりで「このベンツは呪われている」って話がではじめて州知事は解体を命じたんだけど解体されなかった。
なんで?
次の所有者が現れたからさ。
五人目の犠牲者:サーキス医師
五人目の犠牲者は州知事が解体しようとしたベンツをタダ同然で引き取ったサーキスという医師。
物好きもいたものね。
しかし、このサーキス医師も半年後に死亡してしまうんだ。
やっぱりか……
死因は?
死因は車の暴走。
ドライブ中にベンツは暴走し溝に転落。
ドライブ中にベンツは暴走し溝に転落。
その転落した拍子に投げ飛ばされたサーキス医師は溝と車の間に挟まれて圧死してしまうんだ。
お決まりの都市伝説パターンになってきたわね……。
そしてこのベンツは次の所有者に移ります。
まだあるの……
六人目の犠牲者:オランダの宝石商
六人目の犠牲者はオランダの宝石商。
この時点ではそこそこ呪いのベンツの噂はひろまってたんだけど、この噂を利用して有名になろうとしたオランダの宝石商が購入。
この時点ではそこそこ呪いのベンツの噂はひろまってたんだけど、この噂を利用して有名になろうとしたオランダの宝石商が購入。
一時は世間を騒がしたんだけど、彼はその後すぐに民衆の期待を応えることになる。
民衆の期待ってのは、やっぱりそういうことよね?
そう。
彼はなぜか突如発狂して自殺してしまうんだよ。
彼はなぜか突如発狂して自殺してしまうんだよ。
七人目の犠牲者:スイスのレーサー、サミレス
オランダの宝石商が自殺したあと、次の所有者はとある医師になったんだけど、その医師は入手して間もなくスイスのレーサーであるサミレスという人物に売り渡すこととなる。
その医者は大丈夫だったの?
この医者は死んでしまったりするとはなかったんだけど「呪いの車を持つ医者」ってことで患者が来なくなって別の意味でエラい事になったみたいよ。
そりゃ自業自得な気がするわね……。
で、7人目の犠牲者はさっきもいったサミレスっていうレーサーなんだけど、彼は呪いなんか存在しないって呪いのベンツでなんとアルプスのレースに参加。
しかし、サミレスも五人目の犠牲者であるサーキス医師と同様に突如、車が暴走して横転。
サミレスは車外に投げ出されたのち、壁に激突して即死してしまう
サミレスは車外に投げ出されたのち、壁に激突して即死してしまう
あーあー……
なんでわざわざこの車でレースなんかに……
なんでわざわざこの車でレースなんかに……
八人目の犠牲者:ドイツ実業家
そして次の犠牲者はドイツの実業家。
この人に関しては詳しい情報が残ってないんだけど、ベンツを入手した二日目に石壁に激突して死亡。
この人に関しては詳しい情報が残ってないんだけど、ベンツを入手した二日目に石壁に激突して死亡。
九人目の犠牲者:コルシュ(農場主)
そして一度はスイスに渡っていたベンツは再びサラエボの人物が購入することとなる。
また物好きが現れたわね。
次の所有者はコルシュっていう人物なんだけど、もちろん本人はいわくつきであるって事を承知のうえで購入。
そして注意深く運転していたから事故には合わなかったみたい。
そして注意深く運転していたから事故には合わなかったみたい。
やっと終わり?
いや、ただ運転中は事故に合わなかったものの別の所で事故が起こるんだよ。
実はある日、このベンツはエンジンがかからなくなってしまう。
そこでコルシュは修理するために町まで牽引しようとしたんだ。
そこでコルシュは修理するために町まで牽引しようとしたんだ。
ふんふん。
で、牽引用の荷馬車を用意して牽引を始めたところまではよかったんだけどイングニッションを切り忘れていたせいでエンジンが急に始動。
突如、暴走を始めた車はコルシュどころか荷馬車や荷馬車の農夫をひき殺すという事態になった。。
突如、暴走を始めた車はコルシュどころか荷馬車や荷馬車の農夫をひき殺すという事態になった。。
うわぁ……。
本当にこのベンツは殺しにかかってるわね……。
本当にこのベンツは殺しにかかってるわね……。
十人目の犠牲者:ヒルシュヘルト(自動車工場運営者)
そして最後に犠牲者はヒルシュヘルトという自動車修理工場の運営者。
コルシュの事故が起こった後、故障した車はヒルシュヘルトの元へ運ばれてたんだけど誰も買い手がつかず、そのままヒルシュヘルトの持ち物となった。
押し付けられたって感じがするわね。
当然、ヒルシュヘルトはそんな血塗られたような赤いベンツに乗る気は起こらない。
そこで、ヒルシュヘルトは厄払いを兼ねて真っ赤な赤色のベンツを青色に塗り替えたんだ。
そこで、ヒルシュヘルトは厄払いを兼ねて真っ赤な赤色のベンツを青色に塗り替えたんだ。
ただの気休めにしかならない気がするけど……。
その通り。
青色に変えただけでは呪いは止まらなかった。
青色に変えただけでは呪いは止まらなかった。
ある日、友人四人を乗せドライブに出かけた時に車が暴走。
ハンドルを取られたヒルシュヘルトは側壁に衝突。
ハンドルを取られたヒルシュヘルトは側壁に衝突。
しかも、同乗していた友人四人全員が死亡するという大事故になった。
終わりを見せた死神のベンツ
数々の呪いを振りまいた呪いのベンツの呪いはようやく終わりを迎えます。
今回の話はちょっと長かったわね……。
この呪いのベンツは最終的にはオーストリア政府が接収。
そしてウィーンの博物館に贈られる事となった。
そしてウィーンの博物館に贈られる事となった。
しかも、このベンツはまだ現存しててウィーン軍事史博物館で今も見る事ができるよ。
え、マジで!?
興味があったら行ってみたら?
いや……さすがにそこまでして見たいもんでも無いわ……
呪われんもゴメンだし……。
呪われんもゴメンだし……。
それもベンツについての都市伝説でっす!