動く棺桶?
そう。
今でも解明されていない超常現象で、西インド諸島全域で話題となった怪奇現象でもあるんだ。
今でも解明されていない超常現象で、西インド諸島全域で話題となった怪奇現象でもあるんだ。
ふーん。
具体的にはどうなるの?
具体的にはどうなるの?
詳しくは後々紹介するけれど、簡単にいうと「地下墓地に埋葬された棺桶の位置が毎回変わっていたり、時には壁に叩きつけられていた」って感じかな。
誰かが勝手に動かしたんでしょ?
普通はそう思うよね。
でも、その地下墓地は死人が埋葬されるごとにコンクリートで塗り固められて封印されていたんだよ?
でも、その地下墓地は死人が埋葬されるごとにコンクリートで塗り固められて封印されていたんだよ?
ほう……。
それじゃさっそく紹介していきまっす!
バルバトス島に存在する地下墓地で棺桶がひとりでに動き出す……?
まず、このバルバトスの動く棺桶についてなんだけど、この棺桶が存在するのは名前の通りカリブ海に存在する「バルバトス島」。
そのバルバトス島の中に「オイスティン」と呼ばれる村があるんだけど、そのオイスティンの墓地に安置された棺桶の事なんだ。
そのバルバトス島の中に「オイスティン」と呼ばれる村があるんだけど、そのオイスティンの墓地に安置された棺桶の事なんだ。
あ。バルバドスって島の名前なんだ。
てっきりバルバトスっていう人の棺桶かと思った。
てっきりバルバトスっていう人の棺桶かと思った。
お墓自体は「チェイス一家」という人たちの者だよ。
とはいっても、チェイス一家が建造したわけじゃなくて1700年代から既に存在していたんだけどね。
とはいっても、チェイス一家が建造したわけじゃなくて1700年代から既に存在していたんだけどね。
自分たちがお墓を作ったわけじゃないのにお墓があるってどういうこと……?
簡単にいうと所有権が移ったって感じかな。
日本ではお墓の所有権が全く知らない第三者に移るっていうのはあり得ないからピンと来ないかもだけど。
日本ではお墓の所有権が全く知らない第三者に移るっていうのはあり得ないからピンと来ないかもだけど。
ちなみに、お墓の写真がこちら。
ふーん。
なんかお墓っていうより地下室への入り口っぽいわね。
なんかお墓っていうより地下室への入り口っぽいわね。
そうだね。
この階段を降りた先は全面がコンクリートの部屋になってるから、ある意味地下室とも言えるかもね。
この階段を降りた先は全面がコンクリートの部屋になってるから、ある意味地下室とも言えるかもね。
あと、この写真では入り口が全開になっているけど、使用されていた当時は入り口はコンクリートで封印されていて簡単に出入りできる状態ではなかったんだ。
あ、今は使われてないの?
残念ながら使われていません。
そしてさっきも少し触れたけど、このお墓の持ち主の名前は「トーマス・チェイス(Thomas Chase)」。
トーマスは元々はバルバドス島でサトウキビの栽培で大富豪になった人物なんだ。
トーマスは元々はバルバドス島でサトウキビの栽培で大富豪になった人物なんだ。
へー。
とはいっても、黒人奴隷を酷使した結果みたいだから、偉人って訳じゃなさそうだけどね……。
あー……。そっち系かぁ……
まぁそれはおいといて、このお墓の所有権は1807年にトーマスチェイスに移るわけだけど、所有権が移る直前に「トマシーナ・ゴルダッド(Thomasina Goddard)」っていう女性がこのお墓に安置されることになったんだ。
他人が安置されているお墓の所有権が巡ってくるって何か嫌な感じね……。
現地の人たちは一般的なのかなぁ?
ちなみにトマシーナは1807年7月31日に中に安置されたんだけど、墓碑銘上では1724年5月15日に死亡した「リチャード・エイリオット」という人物が安置されていたはずだったんだ。
ふんふん。
しかし、お墓の中は何故か空っぽ。
この時点で村人は少し不思議に思ったらしいんだけど深くは調査しなかったんだって。
この時点で村人は少し不思議に思ったらしいんだけど深くは調査しなかったんだって。
なんか数字とカタカナの名前が一杯出てきて混乱してきたんだけど。
現段階の情報を時系列に並べると
・1724年5月15日に「リチャード・エイリオット」を埋葬(行方不明)
・1807年7月31日に「トマシーナ・ゴルダッド」を埋葬
・1807年、墓地の所有権がトーマス・チェイスに移る
ってかんじ。
・1724年5月15日に「リチャード・エイリオット」を埋葬(行方不明)
・1807年7月31日に「トマシーナ・ゴルダッド」を埋葬
・1807年、墓地の所有権がトーマス・チェイスに移る
ってかんじ。
この時点では80年以上前に安置したリチャードの棺桶が行方不明になっているぐらいで他は特に異常はない。
昔の棺桶が無くなってるっていうのは少し異常だとおもうんだけど……。
でも、トーマスに所有権が移ってからというものの、それ以上に異常な怪奇現象が多発するようになるんだ……。
怪奇現象が起き始めたチェイス一家の墓
初めて使用する事となったのはトマシーナを安置してから翌年の1808年2月22日。
チェイス一家の末っ子である「メアリ・アンナ・マリア・チェイス」が2歳という若さで命を落としてしまうんだ。
チェイス一家の末っ子である「メアリ・アンナ・マリア・チェイス」が2歳という若さで命を落としてしまうんだ。
当然、メアリ・アンナ・マリアの遺体と棺桶はお墓に安置される事になる。
村人はコンクリートの蓋をはがし、大理石の扉を開け去年に安置されたトマシーナと並べるように安置したんだって。
村人はコンクリートの蓋をはがし、大理石の扉を開け去年に安置されたトマシーナと並べるように安置したんだって。
ふーん。
そして、その4年後の1812年7月に今度はメアリ・アンナ・マリア・チェイスの姉にあたる10歳になるドーカス・チェイスが命を落とし、墓に安置される事となったんだ。
続くわね……。
ドーカスは自殺だったらしいけどね……。
ただ、ドーカスを安置しに行った時点で再び村人たちは異変に気付く。
なんと、お墓に安置していたトマシーナとメアリ・アンナ・マリアの棺桶が部屋の奥の壁の方まで、まるで投げつけられたかのように動かされていたんだ。
なんと、お墓に安置していたトマシーナとメアリ・アンナ・マリアの棺桶が部屋の奥の壁の方まで、まるで投げつけられたかのように動かされていたんだ。
ほう……。
ただ、村人たちはこの時点では超常現象だとは思わなったんだって。
え?なんで?
さっきも少し触れたけど、このお墓の持ち主であるトーマス・チェイスは黒人奴隷を酷使していたからね。
村人たちは「きっとトーマス・チェイスに恨みを持つ黒人奴隷が憂さ晴らしのために行った仕業だろう」と考えたんだよ。
村人たちは「きっとトーマス・チェイスに恨みを持つ黒人奴隷が憂さ晴らしのために行った仕業だろう」と考えたんだよ。
あー……。
なるほど。一理ある。
なるほど。一理ある。
ただ、この事はトーマス・チェイスの耳にも入って黒人奴隷達にこんな事をさせないためにも大理石造りの石蓋を作りコンクリートで塗り固めて厳重に封印して対策したんだ。
そして次にこの墓に安置される事となったのは、なんとトーマス・チェイス本人。
ドーカスが死亡した一か月後の1812年8月にトーマスが急死。
トーマスも当然、今までのお墓に安置される事となり大理石とコンクリートで封印された入り口を開け安置しようとしたところ……。
ドーカスが死亡した一か月後の1812年8月にトーマスが急死。
トーマスも当然、今までのお墓に安置される事となり大理石とコンクリートで封印された入り口を開け安置しようとしたところ……。
また棺桶がうごいていたと……?
その通り……。
整列して安置されていたトマシーナの棺桶や二人の娘の棺桶はバラバラに移動していたらしい……。
整列して安置されていたトマシーナの棺桶や二人の娘の棺桶はバラバラに移動していたらしい……。
この時点から村人たちも異変を感じ始め、トーマスを安置した後は再びコンクリートで封印。
そして必要時以外はこのお墓には決して近づかなくなったんだって。
そして必要時以外はこのお墓には決して近づかなくなったんだって。
トーマスの死後も続く怪奇現象
次にこのお墓を利用することになったのは1816年9月25日に生後11ヶ月で命を落としたトーマスの親戚である「サミュエル・ブリュースター・エイムズ」。
この時点ではトーマスを含む4つの棺は上下逆さまになっていたらしい。
この時点ではトーマスを含む4つの棺は上下逆さまになっていたらしい。
そして次に命を落としたのはサミュエル・ブリュースター・エイムズの父親である「サミュエル・ブリュースター」。
この時点ではトーマス・チェイスが所有していたお墓は「棺桶が動く墓」として有名になっていて見物人が出るほどだったらしいよ。
この時点ではトーマス・チェイスが所有していたお墓は「棺桶が動く墓」として有名になっていて見物人が出るほどだったらしいよ。
まぁ気持ちはわかるけど不謹慎ね……。
ちなみにサミュエル・ブリュースターが安置されるときも棺桶は全て動いている上にトマシーナの棺桶なんかは崩れかけてたらしいよ。
そして次に墓に安置されることになったのは1819年7月17日の「トマシーナ・クラーク」。
この時点ではさらに有名になって当時のバルバドス総督であるカンバーミア子爵まで安置に立ち会ったらしい。
この時点ではさらに有名になって当時のバルバドス総督であるカンバーミア子爵まで安置に立ち会ったらしい。
そしていつも通りセメントの剥がして入り口を開けてみると中の棺桶は散乱。
それを見たカンバーミア子爵はお墓の中に隠し通路や異変が無いかを徹底的に調べたうえ、床に砂を巻くように命じて足跡を残るようにしたんだって。
それを見たカンバーミア子爵はお墓の中に隠し通路や異変が無いかを徹底的に調べたうえ、床に砂を巻くように命じて足跡を残るようにしたんだって。
え……?砂……?
そんなんで効果あんの……?
そんなんで効果あんの……?
そして次にこのお墓を訪れる事になったのは1820年の4月18日。
カンバーミア総督官邸で行われたパーティ中にお墓の話題があがり、酔っぱらった勢いでパーティーに招待した客全員でお墓の確認に行ったんだ。
カンバーミア総督官邸で行われたパーティ中にお墓の話題があがり、酔っぱらった勢いでパーティーに招待した客全員でお墓の確認に行ったんだ。
酒の勢い……。
そして、戸を開けてみると棺桶の殆どはひっくり返り、壁に叩きつけられたような跡も残っていたんだ……。
一方で、カンバーミア子爵が、命令して撒いた砂には一切足跡は残っておらず結局は原因不明。
その惨状をみて一気に酔いが醒めてしまったカンバーミア子爵は全ての棺を別の場所に埋葬するよう命令。
それ以降、この墓所は無人のままになってるってわけ。
それ以降、この墓所は無人のままになってるってわけ。
ちなみに原因とかはは判明しているの?
残念ながら200年以上たった今でも不明のままです……。
まとめ
以上が200年以上、原因不明の「バルバトスの動く棺桶」についてでした。
どうだった?
どうだった?
長い……。
話が長い……。
話が長い……。
それ以外の感想でお願いしまス……。
ぶっちゃけ、頑張ったらできそうかなって思った。
蓋をされているセメントは頑張れば剥がせるわけだし、砂のトラップだって後から修繕できるしね。
蓋をされているセメントは頑張れば剥がせるわけだし、砂のトラップだって後から修繕できるしね。
まぁ確かにね。
ちなみに他には「雨水が入って棺桶が浮いた」っていう仮説や「死体から発生したガスで爆発が起きた」なんて仮説も立てられたみたいだけど、どれも裏付ける証拠は見つからなかったみたいだね。
ちなみに他には「雨水が入って棺桶が浮いた」っていう仮説や「死体から発生したガスで爆発が起きた」なんて仮説も立てられたみたいだけど、どれも裏付ける証拠は見つからなかったみたいだね。
死体から発生したガスで爆発って……。
流石にそれはあり得ないでしょ……。
流石にそれはあり得ないでしょ……。
ちなみにガスの爆発説を考えたのは有名なイギリスの作家、アーサー・コナン・ドイルだけど……?
マジで……。
調子乗ってごめんなさい……。
調子乗ってごめんなさい……。
それもカリブ海に存在する「バルバドスの動く棺桶」について紹介していきたいとおもいまっす!